幕軍無名戦士墓碑

 宮古市

藤原観音堂にある墓石は、明治2年3月に新政府軍軍艦「更鉄」をはじめとする艦隊と、その奪取を図る旧幕府軍軍艦「回天」との戦い、いわゆる「宮古湾海戦」の後、首なしの死体が藤原須賀に流れついたものを、地元の大井要右衛門がねんごろに弔ったもの。死体は旧幕府軍の一等測量士大塚浪次郎とも、元新撰組隊員の野村利三郎とも言われている。藤原三丁目観音堂地内

幕軍無名戦士墓碑
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