入山沢田植えおどり

 一関市

素朴ながら農民の中から生まれでた感情豊かなものであり、旧正月七草杉より15日を境に各家庭の庭を借り笛や小太鼓で拍子を取り歌いながら踊るものです。昭和12年以前までは盛んでしたが、時代の流れにともなってその光景は見られなくなりました。古の頃、農民が神に捧げる米を肥料やその他まずいものを使わず、天と地の力のみで作った米を正月に捧げ、それと共に田植えの状況を踊りに仕組み、“今年はおかげで米がとれました。来年も豊作でありますように”と神に奉納したといわれています。その後、厄年の人達がその年の厄を清めるために神に奉納して各家々を回るようになり、回られるほどその年は豊作とされたとも言われております。田植えおどりは、明治27年8年頃奥玉中日向に入り、その後各地で踊られ、昭和7年奥玉入山沢小野寺巳之助氏を中心に受け継がれ、昭和39年頃には地域の主婦にも伝達されました。昭和56年頃には地区内の青年達に、昭和60年には天ヶ森子供会にも伝承され、4代にわたって演じられ、天ヶ森地区の貴重な伝統芸能になっています。写真は奥玉地区民芸大会でおどられた「「子ども田植えおどり」。

入山沢田植えおどり
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