鹿角街道


鹿角街道に残るマンダ(シナノキ)の大木
かつてはマンダの皮をはいで蓑(昔の雨具)を作りました

鹿角街道に残るマンダ(シナノキ)の大木

かつてはマンダの皮をはいで蓑(昔の雨具)を作りました



  盛岡市の夕顔瀬橋を起点に、西根町寺田から七時雨山(標高1,060メートル)を経て秋田県鹿角市へと続く道が鹿角街道です。別名を「流霞道(りゅうがどう)」ともいいます。鹿角街道は、明治26(1893)年に現在の国道282号(松尾村〜竜が森コ−ス)に切り替えられましたが、街道には一里塚や道標、山岳供養塔など往時をしのばせる遺跡が残っています。
 江戸時代までは『鹿角街道』と呼ばれていました。ほかに盛岡藩の古文書には、『鹿角道』また『鹿角往来』と記述されています。ここでは『鹿角街道』と統一したいと思います。ちなみに『津軽街道』と呼ぶようになったのは、明治時代から始まったようです。この街道は、盛岡藩領内の基幹道である『奥州道中』の脇街道として、盛岡城下鍛冶町を起点とし秋田藩との藩境である大館市十二所までI7里半の(19里8丁29間の説もあり)経路です。しかし、江戸時代の記録では盛岡藩の成立過程上、3ルートが鹿角街道と呼ばれていました。(江戸幕府では3.8kmを1里とし盛岡藩は4.3・を1里と定めています)


マンダ(シナノキ)
鹿角街道にあるマンダ並木の道標

マンダ(シナノキ)

鹿角街道にあるマンダ並木の道標



第1ルート

盛岡城下-西根町寺田-七時雨山-交代町荒屋新町-田山-秋田県鹿角市花輪代官所-大館市十二所

第2ルート

奥州道中の二戸市福岡城下-浄法寺町-荒屋新町・曲田-田山-花輪代官所を経て大館市十二所

第3ルート

三戸城下-田子-鹿角郡大湯に到るルート


七時雨ロマンの会では、安代町・西根町に関連する第1ルートを中心に活動を行っています。