いわて地元学実践フィールド  
先進地実例1 宮城県仙台市宮城野区・丸森町・角田市・加美町宮崎地区(旧宮崎町) 心通わせ共に楽しむ地元学 宮城県仙台市宮城野区・丸森町・角田市・加美町宮崎地区(旧宮崎町) 


地域の現況
平成15年4月1日に、中新田町、小野田町、宮崎町が合併し、加美町が誕生した。
○加美町宮崎地区:宮城県の北西部に位置し、東北最古の磁器「切込焼」で知られる農村地域。
○丸森町:宮城県の南端に位置し、南西は福島県と隣接している。人口約18000人。町の北部を阿武隈川が貫流する阿武隈山系の盆地。
○角田市:人口約34000人。日本のロケット用エンジンの研究開発を進める宇宙航空研究開発機構角田宇宙推進技術センターがあり、市内には実物大のH・-Aロケット模型が建っている。丸森町とは阿武隈川をはさんで隣接している。
民俗研究家 結城登美雄さん   民俗研究家
結城登美雄さん
  ○みやざき特産市(旧宮崎町商工会)
宮城県加美郡加美町宮崎字町38
電話/0229-69-5120 FAX/0229-69-5224
○角田市商工会
宮城県角田市角田字大坊34-2
電話/0224-62-1242 FAX/0224-62-0727
○丸森青葉豆腐
電話/0224-79-2201

 

●じっくりていねいに地元学のはじまり
「陸奥国骨寺村絵図」の複写(一関市博物館)  東北地方のほぼ中央に位置する宮城県は、藩制時代から文化・行政の中心地として栄え、特に県庁所在地である仙台市には、多くの歴史文化史跡が残されている。仙台市は杜の都として知られているが、市街地の樹木植栽の多さを表して杜の都というだけでなく、かつて仙台平野に広く屋敷林の連なりがあった風景を指していたことはあまり知られていない。
 岩手県胆沢町には、エグネと呼ばれる屋敷林に包まれた農家が点在する美しい「散居風景」が残されているが、胆沢町がかつて仙台藩領だったことを考えると、広大な仙台平野に広がるかつての杜の都の様子を想像することができる。
 早くから地域を見つめ、地域を調べる地元学の実践に取り組んでいる宮城県の丸森町、角田市、加美町宮崎地区(旧宮崎町)を訪ねて、地元学によって何が見えてくるのかを探った。加美町宮崎地区(旧宮崎町)は、民俗研究家・結城登美雄さんがはじめて「食の文化祭」に取り組んだ地域であり、岩手県田野畑村がその取り組みをお手本とした地域だ。
地元学という言葉を用いて、地域を見つめる手法として実践に最初に取り組んだのは、仙台市在住の結城登美雄さんである。
 「仙台市が政令市となろうとしていた時期に、仙台市生出地区公民館で『新しいふる里づくり講座』が開かれました。昭和60年の夏のことです。生出の自然と歴史文化遺産と開発との調和をテーマに生出の新しい地域性を求めて地域を調べる住民参加の取り組みが行われました。仙台市が合併して100万都市を目指していた時代に、寄せ来る都市開発の波と景観保存をどうするのだという大きな課題が目の前にあった。地域のアイデンティティを求める活動です。地域を見つめる、地域を調べる手法としての地元学の最初の取り組みといえるでしょうか。」と結城さんは当時を振り返る。
 仙台市では、平成元年の政令市移行後、区政開始を機に区民ふるさと創生事業を実施した。その中の一つに宮城野区の事業がある。宮城野区では、「宮城野区民ふるさと創生事業実行委員会」の事業として平成2年に地元学講座を開講した。平成5年には、「新しい杜の都づくり宮城野区協議会」に講座実施主体が移り、平成9年3月まで実施している。地元学講座は、区内の各地域ごとに開催され、受講生による地域調査の内容が冊子として毎回発行されていった。平成10年には、自主グループ「地元学の会」が発足、平成12年10月にそれまでの活動内容を「地元学」という本にまとめた。宮城野区での地元学講座のメイン講師は、結城さんである。

●結城地元学のフィールドから

地元学の貴重な集大成となった地元学の会編「地元学」と宮城野区内の各地区ごとにまとめられたブックレット。冊子「おいで」は、仙台市生出公民館発行。
地元学の貴重な集大成となった地元学の会編「地元学」と宮城野区内の各地区ごとにまとめられたブックレット。冊子「おいで」は、仙台市生出公民館発行。
地産地消を象徴する旗を前に談笑する菅野さんと結城さん
地産地消を象徴する旗を前に談笑する菅野さんと結城さん
角田商工会の大ヒット特産物となった「あぶくま豆腐手づくりセット」
角田商工会の大ヒット特産物となった「あぶくま豆腐手づくりセット」
町内外の人を集めてにぎわう食の文化祭会場
町内外の人を集めてにぎわう食の文化祭会場

□丸森町大内青葉地区
 丸森町大内青葉地区は、かつての養蚕地帯で、安倍貞任が勧請したという熊野神社の境内には蚕供養の碑がある。近年、農山漁村に目を向け、「東北の地域」を活動の舞台としてきた結城さんは、青葉地区の農家の庭先に植えてある大豆が気になった。気づいたことはすぐ地元の人に聞くのが地元学である。地区内の30戸の農家の9割は、庭先に大豆を植えているのだった。自給用で余ると捨てているという。ならば地区内に豆腐づくりを手がけている人がいるのだから、無駄にしないで豆腐にして食べようという取り組みが結城さんから商工会に提案された。地産地消の発想である。地区内で豆腐づくりを行っていたのが、手づくり豆腐・青葉豆腐のご主人菅野忠志さんだ。
 「地域の方が持ち込んだ大豆と引替えに豆腐券を渡して、必要なときに豆腐と交換することができるようにしています。」という菅野さんのつくる丸森とうふは、町の特産品となるほど好評を得ている。大豆が豆腐となるまで、お金が介在していない。豆腐券は、地産地消の発想から生まれたコミュニティマネーである。
□角田市商工会
 丸森町と隣接して阿武隈川が市の中央を流れる角田市は、3500ヘクタールの耕地を有し、稲作が盛んに行われている。
 角田市では、平成9年度、角田市商工会に地域資源調査委員会を設置し、角田市全域にわたる地域資源調査事業を実施した。それまでは、地域における有形・無形の潜在する資源を調査したことはなかったという。
 結城さんを助言者に迎えて行われた地域資源調査は、地元学の手法により地域の資源を丹念に調べることから始まった。食と景観をテーマに行われた調査では、メンバーによる聞き取り調査に重点が置かれ、地域の行事と食事、歴史的景観など詳細な記録が残った。地域資源調査は、角田市商工会による平成10年度地域特産品等開発推進事業に活かされ、角田の秋「歴史と味覚ツアー」などユニークな企画が生まれた。角田市の魅力をアピールする企画は好評だったが、継続的に角田市の魅力を広いエリアに伝えるためには、やはり特産品がほしいという声が商工会メンバーから上がった。
 商工会が行う商品開発なのだから農の力と商の力を合わせようという発想から生まれたのが「あぶくま豆腐手づくりセット」である。自前の力で商品を作ることにこだわった。大豆は地場のミヤギシロメを採用、木箱は角田市の杉を使い地元の木工所で製作した。仕上げ布は地元の洋裁店が担当、パッケージとレシピは地元の印刷所で製作した。
□加美町宮崎地区(旧宮崎町)
 加美町宮崎地区(旧宮崎町)では、平成9年度から「むらおこし事業」に関わった委員により町の固有資源についての調査を始めた。平成10年度には、調査した地域固有の地域資源をそれぞれ「地場産品開発」「観光資源開発」「まちづくり研究」の3部会に分かれてどのように活用すべきかを検討した。「宮崎町内にある地域資源や活用技術などを総合的かつ有機的に関連させ、より魅力的にコーディネートする必要があること」が明らかになった。部会では、しばしば郷土食が話題になっていた。ならば「食」でいこう。部会の意見が一致、「食の文化祭」の開催が決まった。
 平成11年の第1回「食の文化祭」には、780品目が出展された。平成12年の第2回には、1100品目が集まった。大盛況である。地域の人々も他地域から訪れた人々も宮崎町の風土に培われた奥深い食文化の豊かさに驚嘆した。

●食の文化祭から食の博物館へ
 加美町宮崎地区(旧宮崎町)の「食の文化祭」は、平成14年度農林水産大臣賞(「地域に根ざした食生活推進コンクール2002」)を受賞。平成15年には、「季節と空間を活かすこと」をテーマに、名称を「食の博物館」と変えて、春・夏・秋・冬に4回実施。夏編・秋編では季節の食材・行事食に加えて、収穫体験・調理体験を実施することで、農村と都会の地域間交流を実現した。