パネルディスカッション「地元学のすすめ」要約版
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  ※平成15年10月9日(木)に開催した「いわて地元学・自然健康院フォーラム」におけるパネルディスカッションの内容を短くまとめています。

パネラー
  朝田くに子氏(環境コーディネーター)
    浦嶋裕子氏(地域づくりコーディネーター)
    河野和義氏(株式会社八木澤商店代表取締役社長)
    結城登美雄氏(民俗研究家)
アドバイザー
  吉本哲郎氏(水俣市役所職員)
実践事例発表者
  佐藤忠美氏(岩手県住田町下有住地元学実行委員長)
コーディネーター
  広田純一氏(岩手大学農学部教授)

パネラー:朝田くに子氏  
パネラー:朝田くに子氏
 
パネラー:浦嶋裕子氏  
パネラー:浦嶋裕子氏
 
パネラー:結城登美雄氏  
パネラー:結城登美雄氏
 

佐藤
 世代間を通じて、地域づくり、そして人づくりを目的に取り組んできました。
 住田町下有住地区の月山地区で、平成12年度に地元学をスタートしました。テーマは「産業を学ぶ」。250世帯くらいありますが、簡単なチラシを渡しても、誰も「地元学」ってわからない。私は商売柄、いつも鉢巻と前掛けをして行商をやっているので、いろんな人達と出会います。そこで150世帯くらいを一軒一軒歩いて魚を売りながら、「今度これこれこういうことあっから、今度来てけなっせと。面白いから来てけなっせと。そして来てける人、昔の人さ先生になってけろと」とチラシ持っていって、みんなに一つひとつ、地元学の説明をしました。
 そしたらお年寄り達が生き生きしてきた。今までお年寄りの話って誰も聞かなかった。昔、私も子どもの時に、年寄りのばあちゃんが昔の話ばっかりするのを何回聞いたかわかりませんが、もう聞き飽きた。ところが、地元学を知ってから、すごく興味が湧いてきた。昔のことって大事だなと。
 私たちがそれを受け入れ、それを次の子ども達に伝える。架け橋になるのが俺らの世代だと思います。90歳になる人が、「月山地区」という本を作りました。「俺が死んだらおめえが今度伝えねえば、わがんねえんだぞ」と言う。責任感がある。「自分の頭さ入った分を何でも書いて、1冊の本をつくって全世帯に配布する」という意気込みの人もいます。
 実際、地元学で人が動きました。今まで寝ていた人が起き上がった。とにかく自分の住んでいるところを知っておくということが大事だなと思った。私は仕事柄、お客さんがいっぱいいます。平均年齢は70歳くらい。一日百人くらいを相手します。音楽を流し流し、魚屋して売って歩いていると、出会った人たちが、昔の事をいろいろしゃべります。そこで私は学びます。俺は「ああこれが地元学なんだ」と納得した。お年寄りは大事、地域は大事。だけどお金はかけたくない。そういう中でいろいろと活動してきました。
 次の世代に残すものは何だろう。下有住小学校では、地域づくりを盛んにやっています。月山地区は4年間、教育振興のテーマが地域づくりです。親が決めた訳じゃなくて、子供達が自由に決めた。屋号を調べたり、次の年は子どもを一軒一軒行かせて顔を覚えさせた。その家の屋号には、こういう人が住んでますよ。おじいちゃんとおばあちゃんが住んでますよ、と。これが地元を知るということではないか。子どもたちは2年間、屋号とその家の人を調べました。そこで、昔はキツネにだまされて魚を取られたとか、昔話を聞いたりします。下有住の地元学は、親も子どももお年寄りも、世代を通じてみんなで参加しているのが特徴、特色ではないかと思います。
 私の趣味は地域づくりです。地元学は地域づくり、人づくりに欠かせない言葉だと思っています。

  パネラー:河野和義氏
  パネラー:河野和義氏
  アドバイザー:吉本哲郎氏
  アドバイザー:吉本哲郎氏
  実践事例発表者:佐藤忠美氏
  実践事例発表者:
佐藤忠美氏
  コーディネーター:広田純一氏
  コーディネーター:
広田純一氏

広田
 では、それぞれの方の地元学との出会いについてお話いただきます。それぞれ、いろんな縁があって、広い意味での地元学に関わってきて、それが現在のそれぞれの方の活動に大きく影響していると思います。

結城
 地元学は良い地域をつくっていくための一つの方法だと思うんです。より元気な地域をつくるにはどうしたらいいかと考えた時に、地元学は大きな役割を果たせるのではないか、ということでこのような広がりになったと思います。
 私は仙台におります。ある区役所の友人から、何とか区民意識を高めたいという話が出まして、「おらほの地元ではこうだよ、おらほの地元ではこんなことない」とか、何でも「おらほの地元」とよく言ってたんで、(適した言葉は)「地元学」でいいのではないかと言ったのが始まりです。
 で、何をやったかと言うと、うろうろ歩いただけです。今まで地域に住んでいた人が、どういう風に思ってるだろうなと、みんなで訪ねてお茶を飲みに行ったというのが正直なところです。お茶のみをして、話を聞いて、そこにカードを持っていってメモをしてきた。メモをただ振り分けたら、約40冊の冊子が出来ました。そしたらどうも、自分が関わった町にみんな関心を持ち始めた。一軒の家、小さな町というのも、いろいろなつながりをたくさん持っていることが見えてきた。この町にどんなことがあったかが分かってきた。
 小さな冊子には、必ず語ってくれた人の名前を書いていきます。その後で、名前が載っている人を訪ねて、もっと詳しく聞きたいと。だんだん、お茶のみ話の輪が広がります。地元学の出発は、同じ町に住んで離れていても、そこに何かのご縁がある人たちが、「自分の町にはこんなことあったね、あんなことあったね」と話している中で、「こういう問題があるね、こうしたいね」という思いを語り始めた。それが最初のきっかけになりました。
 ばらばらなものをもう一度つながないと、金の力がある時代はいいですけれど、これからは、人の力が生きない地域はますます大変になっていくと思う。そういう意味で、数年前に「おらほの地元」って、みんなで呼んでる言葉が「地元学」になり、楽しみになり、広がりになっていったのを感慨深く思っているところです。

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