ペレットの歴史(3)

日本にほんでも欧米おうべい同様どうよう、ペレットの導入どうにゅうは2石油危機せきゆききがきっかけでした。82ねんには国内こくないでの生産せいさん企業化きぎょうかされ、そのあと生産量せいさんりょう順調じゅんちょうえていき、最盛期さいせいきには生産量せいさんりょう27,722トン、30工場近こうじょうちかくが操業そうぎょうしていました。
しかし石油価格せきゆかかく下落げらくこったことにより、代替燃料だいがえねんりょうとしての価格かかくメリットがうしなわれてしまい、その結果けっか一般家庭いっぱんかていにまでにひろ定着ていちゃくするにはいたりませんでした。ほかにペレット燃焼機器ねんしょうきき技術的ぎじゅつてき完成かんせいされていなかったことも、問題点もんだいてんひとつであったとかんがえられています。
現在げんざい(H17ねん5がつ)、日本国内にほんこくないでは、岩手県いわてけん徳島県とくしまけん高知県こうちけんの3工場こうじょう稼働中かどうちゅうで、年間生産量ねんかんせいさんりょうは2,300トンとなっています。


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